鳥屋野中学校 校歌

作詞 大倉英太郎  作曲 田才 栄一

 

 一 真理の姿 かくこそあれと

 

 紫匂う 越路の高嶺

 

 朝な夕なに仰ぎつゝ

 

 集うわれらが 学び舎は

 

 ゆかりも古き 鳥屋野の里に

 

 礎かたく そそり立つ


 
三 正しき使命 胸に刻みて

 

 清く明るく 心をあわせ

 

 希望はるけき 若き日を

 

 讃えていざや 歌わなん

 

 二 寛き心の 鑑はこれと

 

さとしてやまぬ 信濃の流れ

 
   春また秋と 影うつし

 

学ぶわれらが はらからは

 

享けし生命を 力のかぎり

 

努め励まん もろともに

 

■作詞、作曲者について

  鳥屋野中学校の校歌は昭和29年に第三代校長 田才栄一 先生が着任したときに作曲なさいました。

  田才先生は新潟師範学校卒業後、東京音楽学校へ通った方です。

 作詞は当時新潟高校に勤めていた大倉英太郎先生(後に県立新発田高等学校校長)です。

 国語、漢文の大家で田才先生とともにいくつかの学校の校歌を手がけました。

  昭和32年田才先生が東新潟中学校に転勤なさる直前に出来上がりました。

 

■なぜ一,二番が六行で三番だけ四行なの?

 大倉先生は鳥屋野中学校からの景色を眺め三番まですべて六行詩の校歌を作りました。

 しかし、田才先生は校歌は長すぎてはいけないと考え当初大倉先生に二番までの校歌を頼みました。

 しばらく後に大倉先生から届いたものは一.二番は六行詩、三番は四行詩というものでした。

 理由は「三番の四行は鳥屋野健児にかける期待だから、これ以上はカットできない」ということでした。

 田才先生は大倉先生の断固たる意思を感じ推敲を重ね完成させました。